希死念慮はぼんやりと覆ってくる。
でも腹は減る。
漠然とした落ち込み、その身体的な感覚がおそらくは先にある。
そこに仕事とか将来とかSNSで見た嫌な意見とかの理由が紐づいて、どうしてこんなに辛いのか、社会や生い立ちと絡んだ物語が作られ脳が認識し、具体性を帯びる。
でも道端でトラックが来たらよける。
電車のホームでは黄色い線の内側にきちんと立つ。なんなら後ろから押されないか気にする。
踏切はカンカン鳴りはじめたら絶対に渡らない。遮断機がまだ降りてなくてもだ。
要するに生きたいし逃げたいのだ。
ドライに言うと脳にある扁桃体という部分が過剰に働いていて、混乱や苦しみから抜け出したい、サボりたい、と言うことが諸々ひっくるめてうまく言語化できず"死にたい"となっているわけだ。
今の原因は仕事のことで、ズーンと落ち込んでいるとますます仕事のことがストレスになる。
苦手な人と話したくない。そうでなくても、仕事のことで客や上司、同僚や他部署の人に怒られたくない。
そんな感情に囚われて理性的に対処できない、すなわちまるで集中ができなくなる。そうなると仕事をタスクに分解して整理して取り組めないので余計に混乱する。
仕事が遅いとか違うとか言われて怒られたり、結果が出なくて考え方や進め方の甘さを怒られたり、あるいは思いもよらぬことを言われて進捗がおじゃんになったり、
困ったりわからないことがあってもうまく説明できなくて誤解させてミスリードしたり、混乱させたり余計に怒られたり、
それでかえって困ったことを抱え込んで地雷化してますます隠そうとし、結果一人で解決できないまま締め切りが迫って焦りが生じたり、
というかそもそも抱え込むこと自体が脳がぐるぐる考え続ける要因になって脳疲労を起こしストレスに転化して余計落ち込んだり、
進捗を急かされたり、あるいは進捗が間に合わないことに気づいて絶望したりしたくなくて、
何もないことにして有耶無耶にして逃げようとする。
仕事に直面したくない。ひたすら逃げたくなる。締め切りが過ぎて皆も忘れ去られることを望んで。
そうなると逃げたことで情けなくなり、周りは一生懸命働いてるのに自分はなんて自己中なことをしてるんだと落ち込む。
そしてそんな考えを持ち、そんな状態になっていることが周囲にバレることがものすごく怖くなる。
対処法は明確で、とにかく有無を言わず仕事をやればいいのだ。
精神的に上向いている時は、こういう苦しみがあっても耐えて仕事に向き直ることができる。これは昔できなかったことで、ずっと努力して進歩したところだ。
でも調子が悪いと崩れてしまう。元の木阿弥になってしまう。
人生100年時代で70,80まで働くと言われる一方、35歳限界説というのは根強く、20代のうちにどれだけ努力して結果を出したかで生涯年収は決まる。
俺は泥沼にハマってしまいそこから抜け出す努力はしたが、積み上げる努力とはまた違う。
誓ってサボったり遊び呆けたわけでなく、真面目に苦しんでそれでも前を向いてを繰り返してきた。
その結果がこれではあんまりだ。しかし結果は結果、事実は事実なので受け入れるしかない。
すなわち中年老年期以降クビになって貯金を切り崩し、やがて生活保護に甘んじ、穀潰しと後ろ指を刺され続けても生き続けることだ。
自殺をする度胸は無いので、眠っているうちに死ねたら最高だが、たぶん病気とかで身体的にも苦しむだろう。
まあその時の医療費くらいは自分で出したいがどのみち国民皆保険で要は他人の金を使うことになるが。