skulguyのブログ

30代凡リーマンの日記。とりとめのない完全な独り言を書き連ねていきます

切り替え

疲れ果てている。

頭の中がノイズだらけでまとまらない。

イレギュラー案件が多発しており、脳がパンパンで疲弊していて、悩みや相談したいことをうまく言語化できない。

それから、最近の雨や気圧のせいなのか知らないが、すぐにダルくなる。

あとは炭水化物を摂りすぎているかもしれない。

眠れてはいるが、寝ても疲れが取れない感覚がある。

イライラするし、周囲にとってあまり良くないと分かっていても、ため息も漏れてしまう。

とにかく、頭の中を片付けて、やらなくて良いことや効率よくできる部分を見つけて圧縮しなければならない。

それで本当に取り組むべき仕事をやり、定時で早く帰ることを目指したい。

しかし、現実はダラダラ残業した上、退勤後も仕事のことばかり考えてしまう。

あの時こうすればよかった、今度はこれをやろう、ならばこれを明日は準備しておかなくちゃ…とか。

退勤後に色々と次の段取りやら反省やらを考えて、予め次の仕事に備えようとしてしまう。

それで、脳が仕事モードから切り替わらなくなってストレスが溜まる。

はっきり言って俺は大した給料をもらってないのだから、休みの時にまで頑張るのは間違っている。

だけど、俺の頭の中の「失敗したくないセンサー」が働いてるのか、ついつい割り切れずに準備しようとしてしまう。

その準備がないと不安で仕方なくなる。

世の中には俺とは真逆で、オンオフの切り替えが異様に上手い人もいる。

オフィスを出たらすぐに仕事のことを忘れられるとか、一晩寝たら昨日の悩みは綺麗サッパリ忘れるとか、そんなことができる人を羨ましく思う。

どうやってそんな切り替え術を身につけたものなんだろうか?

あるいは天性のものなんだろうか?

俺も切り替え上手になりたいものだ。

とはいえ、現状の俺も何も工夫してないわけではなく、明日のタスクを書き出してから退勤する、ということを習慣的にやっている。

確かにこれでタスクをあれこれ考えてしまう負荷は軽減された。

ただ、それでもまだ仕事のことを忘れられるというわけではない。

退勤したら仕事を完全に忘れ去ってしまいたいのだ。

とまあ、やっぱり堂々巡りで全然思考がまとまらないので、今日はこの辺にしておく。

 

上半期を振り返る

もう早いもので、2026年の半分が過ぎようとしているので、上半期を色々と振り返ってみる。

この頃は仕事、お金、趣味、健康、とジャンルに分けて振り返っているので、その形に添って書いていく。

 

・仕事

難しい案件も無事故・目標達成で乗り切り、プレイヤーとしてはそれなりにやれたと思っている。

おかげで昇給もしたし、ボーナスも良かった。

でも、同僚や新しく入ってきたメンバーへのサポートや配慮、プロジェクトでのリーダーシップなどは欠けていたと思う。

あと、AIによる業務改善みたいなところにも手を付けられていない。

目の前の仕事をこなすだけで手一杯にならないよう、時間的にもメンタル的にももっと余裕を持ちたい。

とりあえずAIの勉強と、久々に自己啓発書でカーネギーの「人を動かす」を読んでみようと思う。

 

・お金

今年のNISA枠もオルカンで埋めることにした。

相場は、今年も中東情勢による下落などあったが、おおむね順調だ。

投資にも慣れてきたので、そろそろ勉強してSoxlとかのボラリティが高い商品を買ってもいいかもしれないが、一方で売り買いのタイミングを考えないといけない商品はあまり保有したくない。(頭がお金のことだけでパンパンになってしまう気がする)

貯蓄も思い通りで、インフレの影響で出ていく金が増えたり旅行で使ったりしつつも、計画通りに毎月黒字を作れている。

さっき昇給と書いたが正直インフレを考えると微々たるもので、引き続きしっかり投資で増やしていく必要がある。

支出管理を継続して入金力を維持するのみだ。

 

・健康

今年は眼科に整形外科と、普段あまり行ったことのないジャンルの医者にかかった。

結局、右目の視力は落ちてしまったが当面は眼鏡不要(むしろ良い方の目が老眼になりやすいので注意だとか)、あとは股関節の痛みも引いたので良かった。

運動習慣をつけるべく、ランニングシューズを買って、まずはウォーキングから始めている。

あとは体幹トレーニングとか筋トレをやっていないので、いい加減にしっかりやらないといけない。

筋トレ嫌いなので何か工夫が必要だが。

あとは花粉症の減感作療法を検討しているが、年単位で病院に通いながら鼻水が止まらない状態になるのはきつい。

 

・趣味

4月ごろから細々と再開。今も断続的にだが続けられている。

リハビリ、というか「絵を描いても良いのだ」と自分に許可を出すようなイメージだ。

絵を描くのが苦しくなってしまってから早いもので20年近く経って、習慣化に2回くらい挫折した中で、ようやく錆びついた時計の針が動き出した感じ。

インプットも徐々にやっていく。

これをモノにしなければ、というプレッシャーを自分にかけないようにしながら慎重にやる。

まずは楽しいものに出会って、それを素直に楽しむ心を取り戻すところからだ。

 

・その他

今年は旅行に2回行った。

冬には兵庫から奈良県まで鉄道で関西方面をフラフラ旅して、先日は遠野を9年ぶりに再訪した。

あとは1泊2日で埼玉方面に行ったり、佐倉の民俗博物館を訪れたりした。(小旅行は上記にはノーカン)

行きたいところにはフラッと行きたい。

ほかには、小説を久々に読んだ。

三島由紀夫、車谷長吉、嘉村磯多、葛西善蔵、横光利一あたりを再読・熟読し、平野啓一郎の書いたものを含めいくつかの三島由紀夫論を読んだりした。

日本古代史にも熱を上げて本を読んだり、歴史の舞台に足を運んだりした。

 

 

・総括と下半期に向けて

上半期にはおおむね、合格点は上げられるのではと思っている。

ほとんど完全に仕事漬けだったここ3年間を比べて、仕事にも趣味にもバランスよく邁進できた年なのではないか。

この勢いを借りて、下半期も来年以降もどんどん加速していきたい。

 

下半期に向けて。

仕事では、言ってみれば自分の視野の狭さ、人間的な未熟さを痛感した部分もあった。

プレイヤーだけで手一杯になるのでなく、仕事面での成長というか、人間的にもっと成長して「余裕のある中年」になっていきたいところだ。

お金は、今の作戦のまま貯蓄と投資を継続してしっかり守りを固めたい。

健康は、筋トレを開始して健康体を保ちたい。何事も健康が無ければできないことばかりだからだ。

趣味やその他楽しみは、結構多岐にわたって興味が広がっていった感じ。

下半期もいろんなものに浮気しながら熱量を保っていたい。

絵を描く趣味はもっともっと加速していきたいが、焦らずにいく。

時間はたっぷりある、わけではないのだが、使えるだけ使うつもりでやる。

 

 

雑記26/6/24

まだまだ梅雨の季節が続く。

たまに外では大雨が降る。

天気予報によればこんど、台風が二つも来るらしい。

とにかく、部屋の中の湿気がすごくて、床も壁もなんだかベタベタする。

土日は家事をして、買い物をしたらあとは引きこもった。

カビ防止のため、除湿剤を買ってクローゼットと箪笥に配備した。

台風に備えて冷凍食品を買ったが、もう食べてしまった。

近々法事があるので、法事にも持っていけるハンドバッグを買いに行こうかと思っていたのだが、やめた。

男性なら持たない方が普通だし、買わなくて良いことにする。

代わりに、モバイルバッテリーを礼服のどのポケットに入れたら良いかを考えておく。

それから、父の日のプレゼントに和菓子のセットを贈った。

と、同じタイミングで親から果物の贈り物が届いた。

毎年夏に贈ってくれるのだが、父の伝手があって、業者から卸してくれるものらしい。

一人暮らしではすぐに食べきれない量なので、冷凍保存しておく。

昨今、おすそ分けをご近所や会社で配る、というのは(生ものだと特に)できない。

昔、子供の頃は近所の人から野菜とか果物とかをもらっていたのを思い出した。

 

仕事面では、最近はまあ絶不調も良いとこで、頭が全然動かない。

タスクや予定を危うくすっぽかしそうになったり、あるいは本当にすっぽかしてしまったりと、中々酷いものだ。

クオリティの方も、最低限の出来の仕事をギリギリでどうにかやっている感じだ。

残念だが、これが俺の本来の実力だろう。

普段は少し無理をして背伸びしてるのだ。

で、無理ができないと結局ダメになってしまう。

それでも、一番ダメだった頃よりはだいぶマシだが。

ただ、正直なところ最近、自分が新人の教育係などの大事な役回りから遠ざけられてしまっている感もある。

伸び代がないと思われてるか、態度がきついと思われてるか、忙しくて余裕がないと思われてるか…

心当たりは結構ある。

改善したいと思ってることはたくさんあって、意識して気をつけてみるのだが、結局余裕を無くして元の木阿弥になってしまい、なんとももどかしい。

結局、サラリーマン稼業で金を稼ぐということについて、俺は向いてもいないし、頑張っても平凡にしかなれないし、何より幸せにもなれないようだ。

そんなところまで想像が飛躍する。

 

それでも、食うために仕事はする。

仕事はこちらを待つことなく、容赦なく降ってくる。

特に、最近は急ぎのタスクが繁忙期並みに多く入ってきている。

時間もなく高い緊張感がある中、締め切りギリギリの仕事をどうにか調整し、納期におさめる。

頭を下げ、材料を集め、分解して、優先順位をつけ、並べ替え、擦り合わせ、これならどうかという対案を出し、納得を得て、実行する。

こうして僅かな利鞘を得て、かき集めていく。

これを忙しく繰り返していると、それだけで一日が終わり、やがて一週間が終わる。

疲れと引き換えに、頭の中には何も残っていない気がする。

大変なはずなのに、虚しいと思ってしまう。

 

自分が仕事で充実感を持つ瞬間は何か?

成長したい方向は何か?

いや、そもそも仕事とどういう距離感であるべきで、どう切り替えるか?

すっかり仕事人間になっているが、やりたいことはそれで良かったんだっけ?

 

今一度、ちゃんと自問自答して掘り下げる必要を感じている。

 

梅雨

すっかり梅雨時だ。

気圧も上がったり下がったりする。

気圧の変動がダメなのであって、下がるのはダメ、上がるのは良い、というわけではないらしい。

なので、雨が上がって晴れたとしても喜べない。

頭の回転が一段と鈍くなり、思考が散乱する。

最低限の仕事しかできず、それも期限や品質がギリギリになってしまう。

そんな時に限って仕事がドカッと降ってくる。

それも、新規営業先から、信用を積み上げるためにある程度無茶して取ってきた案件が多い。

だから、イレギュラー調整が必要な案件も多い。

この仕事も3年目になり慣れてきたとはいえ、急ぎのイレギュラーが重なるとやはりしんどい。

去年もこの時期に似たような条件でぶっ倒れたので、嫌な予感がする。

対策が必要だ。

まずはカフェインを抜いた。

コーヒーを飲みたい欲求はどうしてもあったので、デカフェのコーヒーだけ買うようにした。

カフェインを抜いたお陰で入眠は早くなり、ベッドに入って30分足らずで眠れるようになった。

次に、人をガンガン頼ることにした。

ただでさえ低い処理能力が情けないぐらいポンコツになっているが、それでも締め切りはやってくる。

とにかく締め切りに間に合わせるようにしなくちゃならない。

今は調子が悪いから間に合わなくても仕方ない、なんて言い訳はできない。

貯めてきた信用貯金をここで使い、とにかく人を頼って完成にこぎつけるのだ。

信用貯金は目に見えないから、残高があとどれくらいあるのか知らないが。

赤字になっていないことを祈るばかりだ。

相談内容がラフでまとまってなくても、スピードが命なので早く人に相談する。

期限に間に合わなかったら0点だ。

あとは細かい工夫を積み重ねる。

なるべくタンパク質を摂り、仕事が終わったら明日のタスクを書いて「完了」と自分で宣言する、夜は外を少し歩いて気持ちを切り替える、といった対策を細かく打ち、メンタルとフィジカルを整えておく。

しかし、それでもなお、頭の回転は本当に鈍っている。

slackとカレンダーにどんどん振ってくるタスク整理と段取りが全然できない。

AIに代わりにやって欲しいのだが、AIをslackに連携できないのでそれができない。

秘書代わりのAIが要る。

今日のスケジュールはこれで、次にこれやってください、と逐一言ってくれるような。

役員クラスだけじゃなくて平社員でも秘書を雇えるようになるという具合で、すごく生産性が上がる気がする。

痛切にそんなAIが欲しい。

 

ダラダラ

梅雨時だからか、なんだかだるい。

久々に昼まで寝てしまい、起きた後も半分くらい頭がぼーっとしている。

曇り空で、気圧も低い。

明日からはまた雨で、気温も下がるんだとかいう予報だ。

梅雨時は毎年メンタルの調子も狂うので、注意深くありたい。

あと、先週は旅行していたから、旅の疲れが溜まっているのかもしれない。

旅行は好きだが、心はリフレッシュできても、体はかえって疲れるものだ。

温泉旅館でゆっくりするようなタイプの旅行なら、体もリフレッシュできるのかもしれないが、俺の場合、旅行の際はなるべく安い宿に泊まって、旅先ではひたすら歩きまくるスタイルなのでそうはいかない。

宿に価値を置いてないので、宿代はなるべく浮かせたいのだ。

そんなわけで普通のビジネスホテルに泊まることが多いのだが、大抵の場合、布団は硬いし枕が合わない。

それで眠りの質は普段よりも格段に悪くなってしまう。

家ではニトリの快適なベッドで眠ることができる。

だから、楽しい旅行中でも、家に帰ったら即座にあのベッドに寝ころびたい!という欲求が芽生えてくることもしばしばだ。

それと、今回の旅では鼻腔拡張テープを持って行き忘れてしまい、鼻が詰まって眠りの浅さに拍車が掛かってしまった。

一度くらいは社会勉強がてら、高級ホテルやしっかりした温泉旅館に泊まってみるのも良いかもしれない。

ホテルを目的に旅行するようなイメージだ。

スーツ交通さんなどの鉄道旅行系YouTuberが、時折ホテルを紹介する動画も上げていたりするので、少し興味が湧いてきている。

 

今日は本も読まず、昼を食べに出かけたら、漫画をパラ読みするくらいで過ごす。

休日も活動的になりたい、というか休日こそ元気にいきたいものだが、平日働き詰めだと難しい。

残業はあまりしないようにしているが、それでも9時間労働に、あまり休憩とは言えない昼休憩、通勤とその準備時間も含めればあっという間に半日が経っている。

一日が48時間とかなら良いのにとか、無理なことを考えてしまう。

働くのを完全にやめて、完全FIREという名のニートになりたいなと思うが、まあ夢物語だろう。

俺もそれなりに頑張って貯めている方だが、それでも1億の資産なんて逆立ちしても築ける気がしない。

そして今月に入ってから相場が下がっており、俺が保有しているインデックスの評価額も減ってしまっている。

トランプショックの時みたいにマイナスまでは行っていないが、先月比で給料手取り分くらいが減ってしまっていると、何事にもやる気が起きない。

 

ワールドカップがいつの間にか始まっていた。

4年前の前回大会はABEMAで全試合無料中継していたが、今回は日本戦以外はDAZNの有料配信でしか見られない。

で、今回はDAZNがダークパターンというやつで、分かりにくい説明でユーザーを意図しない高額契約に誘導して炎上していた。

阿漕な商売はしっかりと嫌われるのだ。

ただ、DAZNの件を抜きにしても、今回は大会を見ようという気持ちが起きない。

世間的にも正直そこまで盛り上がっているように感じられない。

老害みたいなことを言うが、そもそも、最近のサッカーがつまらなくなっている。

2年前のEUROなんて酷いもので、どのチームも似たような戦術、フィジカル重視で選手の疲労度も高く、大会最多得点者が「オウンゴール」という始末だ(無論冗談ではあるが)。

ハンコを押したように、似たような内容の試合が開幕から決勝までダラダラ続き、最終的に得点王が誰かや王者がどこだったかなんてまるで覚えていない。

もちろん、最近サッカーで改善された点もある。

VARのお陰で選手の「痛がるフリ」は無くなったし、ゴールラインテクノロジーのお陰でゴール判定の誤審は無くなった。

それから、昨今のフィジカル重視の傾向にしても、後ろでチンタラパス回しをすることも減ってスペクタクルになった。

ただ、先述の高度化と分析が進んだ結果、戦術がどのチームも似たり寄ったりに最適化され、イタリアのカテナチオのような「お国柄」が失われ(イタリアは出てないが)、個性的なスタイルを見る楽しみは無くなった。

選手の国籍も、その国で生まれ育っておらず思い入れも無いのに、単に代表に入る資格があるからという理由だけで代表入りしたりする(ヨーロッパ生まれ・ヨーロッパ育ちのアフリカ系選手がアフリカを選ぶケースに顕著で、昔日本代表に帰化したラモスや呂比須ワグナーなんかみたいに「魂」を持って臨んでいるとは思えない)。

また、面白さを増す要素としての「フィジカル重視」にしても、シーズンが過密日程なせいで選手が疲れすぎている。

あまりにも商業的、効率的で、ルールハックのようなものばかりが蔓延してしまい、面白みや情熱の源泉のようなものが失われてしまっている感はある。

 

模様替え

このブログを始めてから3年が過ぎていた。

アクセス数は3,000、記事数は400を少し超えたところだ。

どれもいつの間にかキリの良い数を超えており、そしてどれも今は半端な数になってしまっている。

 

しかし、少なくとも1,000字くらいの文章を書いてアップする習慣は3年間苦にせず続けられている。

昨今、巷では「才能」に関する本が色々と出回っているが、才能というのは「いつの間にかやっていること」に眠っているのだという。

となると、俺には文章を書く才能はあるということになるのではないか。

一方、3年間もブログを続けてきて、特にブログがバズったりしたことはないので、「面白い文章」や「ためになる文章」「うまい文章」を書く才能は無いということでもある。

また、SEOなどでブログのアクセス数を伸ばし、ヒットの仕組みを作る才能も特にないと言えるだろう。

SEOに関しては全くやっていないのでそりゃそうだ、という話ではあるが、これまでやってきたことを言い換えると「下手の横好き」であり、それをダラダラ続ける才能だけはあったということになる。

文字に起こしてみるとちょっと悲しくなるが。

 

そんなわけで3年経って、文章を投稿する習慣はついてきたのだが、そんな中でふと、はてなブログの使ったことのない機能がまだ結構たくさんあることに気づいてきた。

今までいかに何も考えずに、ただダラダラ文章を書くことだけやってきたのかを思い知らされる。

ブログを書くときは主にPCで書いているのだが、編集ページの右側には色々ボタンがついている。

ごくたまに、読んだ本を紹介するときにamazonのリンクを貼るためにamazonボタンを使ったことはあったが、「グループの貼り付け機能」は使ったことがなかった。

ブログを始める際に、折角いろいろグループに参加していたのに、全く交流などに活用してこなかったというわけだ。

勿体ないので、ブログの末尾にもグループのボタンを設置することにした。

ついでに参加するグループも追加したり編集したりした。

何故か分からないが、このブログは2023年に開始しているのに「【公式】2024年開設ブログ」のグループに参加していたので、直した。

あとはそのついでに、グレーのままだったプロフィール画像や、ブログのデザインなんかも色々選んで変えてみたりした。

なんだか、住んでいる家の模様替えに似ていると思った。

あるいは、普段掃除できない、ゴミが溜まりに溜まった個所を掃除している気分か。

ひとまず、すっきりとした良い気分にはなっている。

とりあえずこれからもスタンスは変えず、思いついたことをダラダラ書いていくだけの日記にする予定だ。

生き方と働き方

久々に休みを取っていた。

有給は有り余っている。

休みの間は、これからの生き方を検討してみていた。

 

休暇中、仕事ではトラブルが起きていた。

しかし俺や相手が原因というわけではないようで、引継いだ人にそのまま任せた。

今までなら休暇中でもslackで対応をしていたかもしれない。

そうしないと気分が悪くてソワソワするのだ。

でも、今回は自分の意志でもって感情を振り切り、人に任せた。

「気分」に合わせていたら、今まで通りのまま変われない。

変われないのは、感情や感覚に流されるせいだ。

普段と違う選択をしようとすると、違和感や恐怖感、不快感が生じる。

しかし、そんな一瞬一瞬の感情に耐えて、行きたいと思う方向に向けて判断を下すこと。

これが人生を少しずつ変えていくために大事なことだ。

しっかりと価値提供をしながらも、単なる都合のいい人にはならないことが必要だ。

俺は今までずっと、人生において何事においても自信が無かった。

何一つ人並みにできず、人の手を借りないと何もできなくて、他人の足を引っ張り迷惑になる。

自分で何かを考えついて行動しても、他人に何の価値も齎せないばかりか、むしろ邪魔になってしまう。

それで、俺は自分で考えて行動することをやめた。

その代わり、ひたすら誰かの意向に合わせ、誰かにとって都合のいい行動をとり、誰かにとって邪魔にならない存在になることで、生き残りを図っていた。

でも、もうこんな風に「誰かにとって都合のいい」存在である必要はないだろう。

そう自然に判断することができた。

 

一方で、今後の生活に対する不安も芽生えてきている。

俺には金を稼ぐ力が無いのではないか、という不安だ。

それは、副業サイトを眺めているときに起きた。

そもそもの始まりは、資産形成をより加速させるため、節約と支出管理だけではなく収入アップも目指せないか?と考えたことが切っ掛けだった。

最初は転職による収入アップを検討していたのだが、色々情報を集めて考えるにつれて今の会社の良さが分かってしまい、転職意欲はどんどん尻すぼみになっていた。

そこで、転職ではなく副業で追加収入を得れば良いのでは?という考えに至り、試しに副業サイトを覗いてみたのだ。

しかし、そこで思ったのが、正直俺はこのサイトで募集されている業務内容について、何一つこなせるイメージが湧かないということだった。

恐怖感と絶望感が入り混じり、自分には社会に価値提供をする力がないのでは、とまで思ってしまった。

キャリアに関する本を読んだり、職務経歴書を書いたり、転職サイトの求人を眺めていたりしている時には起きなかった感情だ。

確かに俺は、会社に与えられた仕事を、会社の指示のもと、会社の同僚や上司などの力を借りてこなすことはできるようになったかもしれない。

かつての俺はまともにコミュニケーションが取れず、段取りも下手で、いつも恐怖と不安に怯えて本当に何もできないポンコツだったのだ。

そんなポンコツ状態から這い上がるべく、色々努力を重ねた結果、どうにか会社員生活を真っ当に送れるようになり、ここ数年は少しは自信を持てるようになってきていた。

ただ、今の力ではまだ「自分には〇〇ができます」と堂々と言えないのではないか。

他人からお金をもらえるだけの、真の価値提供ができないのではないか。

せっかく努力してきたのに、まだ足りない。

そんな危機感が一気に募ってきた。

 

ポジティブに捉えるならば、今いるステージをクリアできたので、目指すべきステージが上がったということだろう。

現状に満足せず、次に踏み出さなくてはいけない領域が何なのか分かってきた。

与えられた仕事を「こなす力」ではなく、自ら主体性を発揮して構想し、行動し、人を巻き込む力、それをやり抜く力。

40歳になるまでには力を身につけて、できるようになっていたい。

もっとも、ようやく40歳でできるようになっても、世間の求める水準としては遅いのかもしれない。

しかし、俺の現在地からすると妥当な目標ではある。

他人ばかり見て、自分の立ち位置を見失ってはならない。

横ではなく、足元と前だけを見るイメージだ。

ただ、横を見て適度に焦るのも悪いことばかりではなく、良い兆候でもある。

脱皮の準備というわけだ。